「あいつ、今、何してる?⑧」2025 12.10
「あいつ、今、何してる?⑧」2025 12.10

「あいつ、今、何してる?⑧」2025 12.10

「あいつ、今、何してる?⑧」

 還暦を過ぎると、記憶力は、3次関数的に弱くなり続け、一方、忘却力は、加速度的に強くなり続ける。子供の頃の記憶は、場面として、鮮明に甦るが、昨夜の夕食は「何を食べたのか?」を思い出せず、一昨日の食事は、「食べたのか?食べてないのか?」もハッキリしない。

 「彼」も野球少年であった。「彼」とは小学校の児童クラブの大会で対戦し、中学校ではライバルチームの主力選手でもあった。身体は、小柄ながら、運動神経が抜群の、全身バネのような「彼」であった。
 高校に入学すると、1年2組の隣の席に座ったのが「彼」であった。「彼」は、陸上部に所属し、長距離ランナーとして、1年生の頃から、上級生を「ものともせず」県チャンピオン、駅伝の区間賞を獲っていた。私達の学年は、勉強の出来が悪かったようで、2年生の時から、文系・理系に分類された。「彼」は理系に行ったため、付き合いは、必然的に少なくなった。高校を卒業後、「彼」とバッタリ会ったのが、私が仮面浪人をしていた「スベリ止め」校の入試会場であった。「ん?彼は、現役合格していたはずだが?」と思いつつ、世間話をして別れた。後日、彼から聞くと私は、「真っ青」な顔をしていたそうだ。事実、私はその「スベリ止め」校をスベッてしまった。不思議な縁もあるもので、1週間後、私の「本命」校でもバッタり会った。私の顔色は、「彼」にはどう写ったのだろうか?「彼」は「諭吉翁」と学生の頃から結ばれていたのか「三田」の経済学部を卒業し、外資系の金融機関で大いに稼いでいると噂で聞いた。我々の頃から、終身雇用制度に拘らない者も現れ、才能・才覚のある者は、自分の「腕一本」で転職を繰り返し、ランク・アップする者も現れた。「彼」もそうだった。還暦を過ぎた今でも、現役トレーダーとして、相場を睨みながら、多くのメディアにも登場し、「栄一翁」を相変らず集めまくり、且つ陸上部OBらしく「富山マラソン」も完走している。鉄軌道の「あちら側」と「こちら側」のような存在の「彼」だが、「私には出来ない、プロフェッショナルとして、見事な生き方である!」と熟く想う。