「仕事納め」
東京永田町と霞が関の今年の仕事納めは、26日の金曜日。新年度予算の閣議決定の日と重なった。27日の土曜日から、年が明けて、4日の日曜日まで、表向きには、休みとなる。ちなみに、社会保険労務士的には、「休日」、「休業」、「休暇」の区別に拘るべきかもしれないが、それはまた別の機会に。
昭和の後半から平成の前半にかけて、政府・与党の予算編成作業の過程を見てきた。今日、様変わりを感じる。ただ、変化の是非を問うものではない。 8月末に主計局に提出された概算要求が、9月から主計官を中心に査定され、クリスマス・イブの頃に、まず、大蔵原案が発表される。それを受けて、各省庁と自民党政務調査会の部会・調査会等で、復活要求項目が絞り込まれ、「局長・次官・大臣」といった各々のステージで、大蔵省との折衝が順次行われ、最終盤では、「整備新幹線」、「戦後処理問題」等の政治マターを扱う三役折衝を経て、年末ギリギリに、政府案が閣議決定されていた。大蔵原案から政府案決定に至るまでの間、各省庁の政務次官室が「作戦本部」となり各都道府県・市町村、そして政治家から、「口に入る」特産物が差し入れられ、賑やかに議論される事が風物詩でもあった。政務次官室は、別の「査定」の場でもあったと思う。今では想像出来ない希少な「場」であった。
この年末・年始、「在京当番」のため28日の夜上京した。書類の整理もしたいので、議員会館に出向いた。もちろん、正面玄関は閉じている。ブザーを鳴らして、裏口を開けてもらう。会館に向かう途中、総理官邸の周辺では、警察官が警備に当たっている。議員会館では、管理会社の人が駐在している。議員宿舎では「ある方」の引っ越しが行われている。永田町の住人が不在でも、清掃会社の人も働いている。一見、静寂さを保つ永田町でも、全ての住人が不在でも、誰かが働いている。そういう人たちにも支えられている。ありがたい事だ。ご苦労様です。良いお年をお迎え下さい。