「運動会」
10年以上前の話。今でもあの「100m競争のやり方」は続いているのだろうか? ある小学校の運動会の招待を受けて、懐しさを抱いて出席した。「入場行進」、「開会式」、「オープニング体操」とプログラムが進む。そして、各学年全員参加の100m競争がスタートする。ピストルの号砲の後、生徒が「ひとかたまり」になって走り出す。 「ん?」。 生徒の身長の大きさが、全くバラバラである。 「どういう事?」。 我々が小学生の頃は「機械的」に、「身長順」で組み合わされた。今、身長が高い子も低い子も「ひとかたまり」になって目の前を駆け抜ける。 「ん?」。 不思議に思い先生に聞いてみた。先生曰く、「組み合わせは、身長順ではなく、差がつくと、かわいそうだから、同じようなタイムの子供達の組み合わせです!」と。つまり、「予選」的な事をして、組み合わせているという。なるほど、一理ある。しかし、冷静に考えてみる。先生に問うてみた。「『はしかい』子供なら、予選で手を抜いて、本番で全力を出すのではないか?そして、走るのが『速い』組の1位の生徒は良いだろが、『遅い』組の『ゲベ』、『ビリ』の子は、学年で1番遅いという事になり、その方が残酷ではないか?」と。「みんな同じ!」という考え方は理解は出来る。しかし、「みんな1人1人違う!」という事も現実。「みんな、同じ」、「みんな、違う」。どちらも間違っていないと思う。そういえば、オープニング体操の音楽は、「SMAP」の「世界に一つだけの花」だったわな。