「ある先輩の事」
国道41号は、名古屋市を起点として、岐阜県を縦断し、富山市を終点とする、「ぶり街道」・「ノーベル街道」とも呼ばれる幹線道路である。宮川・神通川に沿って山間部を走り、カーブやトンネルが続き、雨量による通行規制区間もあり、冬期には、降雪により、大型トラック・トレーラーのスタックによる事故等も多発し、落石、崩落により観光バスの転落事故も過去に発生している。整備すべき道路である。
その先輩議員は、県議会本会議場で最後の挨拶を「北に向かい、県行政とともに歩いた人生でした。」と述懐した。神通峡の最も南にある岐阜県境の集落で生まれ、5キロの道を歩いて小学校に通い、汽車とバスを乗り継いで高校で学び、大学卒業後、富山県庁に土木の技術職として奉職し、北へと日々、通勤された。県庁時代から、その先輩には、エピソードが多い。「サウナで汗を流していたところに、知事が偶然入室してきた時、例によって、右手を挙げて、『ご苦労さん!』と言った」話や、「富山県東京事務所で、建設省を担当していた時に、いつも、大臣秘書官室にいたため、『あの人は、どこの代議士ですか?』と噂になった」話、「頭脳明晰のため、相手の発言が予測出来る能力を持っているのかすぐに、『良くわかりました!』と連発していた」話等、我々をワクワクさせてくれる先輩であった。「土木行政」の中でも特に「富山高山連絡道路」に全力を傾けられた。現在も「道路行政」に精力的で、国土交通省OBの「道路の神様」との交流も続いている。そうした先輩方からの指導があり、今日の私が在る。ありがたい事だ。