「飲水思源-②-」2026 7.24
「飲水思源-②-」
2026 7.24

「飲水思源-②-」
2026 7.24

「飲水思源-②-」

 「菊作り 菊見るときは 陰の人」という句がある。「菊を作る人は、開花の時には、表に出ない存在」とAIが記している。

 戦後の復興期、電力不足に喘ぐ関西地域の窮乏に臨み、関西電力社長の太田 垣士郎は、「経営者が10割の自信をもって取りかかる事業、そんなものは仕事のうちに入らない!7割の成功の見通しがあったら、勇断をもって実行する。そうでなければ、本当の事業はやれるものじゃない!黒部は是非とも開発しなければならない山だ!」と訴え、黒部川第四発電所の建設に挑んだ。工事に際し、富山県側から資材運搬のため1つのルートが作られた。そのルートは、黒部峡谷鉄道の「欅平駅」から堅坑エレベーターで上昇し、「高熱隧道」を通り、「発電所」、「黒部ダム」に至るルートである。「関西電力黒部ルート」と呼ばれていた。厚生省による建設許可の経緯から、ルートの一般開放を強く求めた動きが、ダム・発電所完成後から行われた。「鍛冶 良作」代議士は、国会で論戦を挑み、「富山県議会」は昭和40年決議を行った。時の県議会議長は、後に、入善町長を務める「柚木 栄吉」氏。議案提出者には、「高野 由郎」氏、「笹島 太一」氏、「鹿熊 安正」氏、「荻野 幸作」氏の名前が並ぶ。平成に入り、中沖 豊知事は、人数限定ながら、閉ざされた扉を抉じ開けた。石井 隆一知事は、粘り強い交渉で一般開放を実現した。「関西電力黒部ルート」は、「黒部宇奈月キャニオンルート」と名称を変え、旅行商品として、この7月23日、販売が開始された。先人の果てる事なき熱い想いで、この秋、黒部に再び太陽が昇る。