「迂闊」2026 5.15
「迂闊」
2026 5.15

「迂闊」
2026 5.15

「迂闊」

 「迂闊」という言葉を調べてみた。「コトバンク」によれば「① 回り遠く、実際に役立たない事。② 心が行き届かない事。注意や心の準備が足りないさま。」とある。なるほど。

 職業人として、「迂闊②」では表現できない位の大失敗をやらかした事があった。平成5年の宮澤 喜一内閣、最後の中選挙区制度の総選挙であった。「小選挙区論者=正義の味方」であり、中選挙区制度を主張する者は、「悪」であり、「守旧派」のレッテルを貼られた全くの逆風の選挙であった。公設第2秘書であった私は、政治レポート作成の責任者であった。時間もない中、編集を終えて、印刷に回した。どうにか間に合った。ところがである。とんでもない事が発覚した。校正したはずなのに、記載されている電話番号が間違っていた。責任の取りようのない大失態である。「やらかしてしまった!」。しかしながら、これまたとんでもない僥倖も同時に訪れた。その電話番号は、誰も使用していない「死に番」であった。命拾いした。社会人として最初に仕えた上司は仕事に厳しい上司であった。文章の校正に際しては、「『間違いが必ずある!』という視点でチェックしないと必ず見落とす!」と教えてくれていたのに…。乾坤一擲の大勝負で、全力を傾注し負けたのならば納得出来るが、見落としのうっかりミスで転ぶ事が一番情けなく、恥かしく、悔しい。迂闊②過ぎる、迂闊②であった。ところで最近、「行ってはならない時に行ってみたり」、「出てはならない場所に出てみたり」、「言ってはならない事を、言ってはならない場所で発言してみたり」、迂闊②の出来事が多くないか?「一事が万事」とういう言葉もある。その結果、迂闊①の状態になり終には、見放され、破局となりはしないか?私の心配が、杞憂に終われば良いのだが…。