「2ごう?1しょう?」
ゴールデンウィークになるとあの人を思い出す。
私の母方の祖父母は、新潟県柏崎市の出身で、祖父は紡績工場に勤めていた。縁あって、富山市に着任した。その結果、私の母親は、旧富山市の中学校・高等学校を卒業した。その後、祖父は入善町に転勤となり、縁あって、私が産まれた。
平成7年の統一地方選挙に出馬する決意をした。両親は、悩んだであろう事は、容易に推測出来る。なにしろ、そういう家系ではないのだから。後で聞いた話だが、母親は、中学校時代の親友に、電話でくどいたらしい。「バカ息子が、県議会議員に出る!」と言っている。電話の向こうも、「うちのバカな親戚も県議会議員に出馬するといっている!」と同じ境遇を嘆き合っていたそうだ。 私は落選。母親の親友の親戚は当選となった平成7年の県議会議員選挙であった。 4年後に私は捲土重来を果たし、その方の後輩となった。その先輩の一挙手一投足は、今まで私が見た県議会議員の枠を超えていた。理路整然とした当局を追い込む質問構成、「インハイ」ギリギリの艶っぽいスピーチ。刺激ばかり受けて、今日に至っている。ある年のゴールデンウィークに自宅での宴会の招待を受け、家内の運転で出掛けて、ご馳走になった。日帰りで戻る予定にしていたが、「必ず、『ホテル』か『ハイツ』にキャンセルが出るから!」と家内もお酒を勧められ、飲む事になった。確かにキャンセルが出た。ホテルのフロントに案内され、部屋に行ってみると、100畳位の宴会場の真ん中に、ポツンと布団が敷いてあった。嫁と部屋の片隅に布団をずらして、就寝した。 その先輩には、いつも、挑戦する姿勢に鼓舞されている。先輩には申し訳ないが、「EUの時代」は来ないかもしれない。「2ごう」も「1しょう」も無理だと思う。しかし、「仕事では結果を出すべく頑張ってみよう!」と思わせてくれる先輩である。