「山猫」2026 5.1
「山猫」
2026 5.1

「山猫」
2026 5.1

「山猫」

 富山と東京を往復する生活の中で、年々、時間の流れが早くなっている気がする。年齢を重ねたせいか? つい先日、「これでもか!」という大雪の中、多くの方々に総選挙を共に戦い抜いて頂き、気が付くと、地元では、「春の四重奏」、「フラワーロード」も終え、「雪の大谷」も出現し、そして、これから富山平野は、早苗の成長により緑に染まっていく。より早く流れる、限られた時間を大切に使わねばとも想う。

 時の流れとともに、街の姿も大きく変化してきた。子供の頃、行商の方がリヤカーを引いて、前浜で獲れた魚を積んで、売り歩く姿があった。勝手知ったる我が家のように、台所に入り、注文を受けた魚を捌いておられた。その姿はいつの間にか消えて、共働きが増えたせいか、各小学校毎に何でも揃う「くみあいマーケット」が、次々と出店し、勤め帰りの方々で賑わいを見せていた。それが、昭和の風景であった。その後、少子化、過疎化により、集落からの人口減少が加速化し、今日に至るまで、朽ちた空き家ばかりが増加し続けている。小学校が統廃合され、マーケットも消え続けた。今日、更地となったマーケットの跡地には、合図の音楽とともに移動販売車にお客さんが集っている。そんな決して便利とは言えない環境の中で、生活する人、これからも生活し続ける人がいる。そうした生活を守る事も政治の役割である。しかし、全ての現状を維持し、万事上手くいく「三方一両得」が厳しい現実、近未来でもある。「三方一両損」もあり得る「不都合な真実」を、真摯に語り、理解を得て、協働する姿勢こそ、責任ある大人の態度であり、保守の良識と確信している。ある外国映画で次のような台詞があったらしい。「We must change to remain the same」。≒「変わらずに生き残るためには、自らが変わらねばならない!」。