「大晦日」
12月31日は、「大晦日」。実家の理容業にとっては、一番の「書き入れ時」の日であった。 昭和の時代は、頭髪を整えて、厳粛に、お正月を迎える時代であった。ありがたい事に、大晦日は、お客さんが途切れる事なく、両親は、ご飯を食べる時間もない忙しさであった。しかし、そんな我が家にも、当然、翌日には、お正月がやって来る。お正月用の買い物は、特売品セールのチラシに、母親が、〇印を付けた商品を、「オギハラ」、と「ヒロハタ」に、買い物に行く事が、私と妹の仕事でもあった。ありがたい事に、紅白歌合戦のオオトリが終わっても、お客さんが待っておられた。日付が改まる頃、年が入れ替る頃、店の前を初詣に向かう野球部の同級生が、塊になって歩いて行く。店の掃除をする姿を見られるのが嫌で、恥かしく、隠れていた。そんな事もあり、子供の頃、一番嫌いな日が、「大晦日」であった。しかし、人様の休日に働き、慎しい暮らしをして、両親とお客さんは、私と妹を育ててくれた。 昨年、父親の体調が優れず、廃業した。私は、東京での生活が増えて、富山の自宅では、寝るだけの生活となり、両親と会話を交わす事は殆んどない。両親の後姿は、昔と比べ、どんどん小さくなってきた。小さくなる位に、両親は、私達兄妹と、孫を育ててくれた。